福岡地方裁判所小倉支部 昭和25年(ヨ)38号 決定
債権者 全日本海員組合
右代表者組合長
債務者 西日本汽船株式会社
一、金百拾五万円也
但し債権者と債務者間に締結せられた昭和二十四年十二月十九日附労働協約に基く雇止手当解雇手当分割特別手当の残金五千七百八万五千六百十円也(別紙内訳の通り)の一部。
二、保証 金五十万円也
三、主 文
債権者が債務者に対して有する前記の債権の執行を保全する為別紙目録表示の債務者所有の船舶は之を仮に差押う。
債務者は仮差押に係る船舶を仮差押の当時碇泊する港に夫々碇泊せしめなければならぬ。
若松市本町七丁目長岡佐太郎京都郡刈田町全日本海員組合九州支部刈田出張町内藤本真一に本件船舶の監守及び保存を命ずる両人等は監守及び保存に必要な処分をすることができる。
債務者が前記の債権額を供託するときは此の決定の執行の停止又は其の執行処分の取消を求むることを得。
四、理 由
本件当事者双方関係人から事情を聴取した結果と疏明書類とを綜合して本件申請の理由のあることが応首肯される
しかし労働者が使用者から受くべき賃金其の他労働補償に関する価値は労働者と使用者との間の個々の労働契約に基いて発生し個々の労働者に属するものであつて労働組合に属するものではないから是等の債権に基いて労働組合がその名を以て且つ労働組合に対して給付すべきことを使用者に請求し得るかどうかは問題である。惟うに労働組合は労働者の斯様な債権について法定管轄権を持つている訳ではないから結局の権利者である個々の労働者の意思に基いて所謂訴訟信託があつた場合にのみ労働組合がその名に於て労働組合に給付すべきことを使用者に請求することが出来るものと解される此の外労働協約は第三者の為にする契約の性質を多分に含んでいるからその請求が労働協約に基いて発生したものである場合にはその協約の実行義務の履行として組合員に給付方を請求し得るであろうと云うことが考えられるけれどもこれについてはその執行について多少の疑問があるのみならず労働協約のない場合の賃金の請求については此の方法は許されぬことになり統一的でない憾があるから矢張り訴訟信託の方法に依るのが適当であると思はれるしかし訴訟信託は当事者選定や訴訟代理の場合の規定との権衡上書面に依つて証明することを要するであろうから斯様な書面が特に作成されるなら問題はないが此のことについて何等の規定のない多くの組合規約の下に於ても尚且つ訴訟信託ありと見られるであろうが労働組合の生成発展史は勿論現法制の下に於ても労働組合は労働者の個々の弱い力を結集し使用者に対してその利益を主張することを目的として出来たものであることは云う迄もないのであつて此のことは実に労働組合の特質を為すものと云うことが出来るであろうし法人たる組合の場合でも何等変りはない斯様な労働組合の本来の且つ主たる目的から労働組合は組合員の為に裁判外に於ては勿論裁判上に於ても使用者に対しては正当な利益を主張し要求することが出来るものと解される目的が与えられたところではそれを達成するに必要で且つ正当な手段が許されねばならないからである然れば規約に特に訴訟信託のことが定められていないとしても労働者が労働組合を結成し又は之に加入する意思の中には当然必要な訴訟信託の意思が含まれていると見ても決して事実を誣いるものではなく組合員の意思に反するものでないと云わなければならないしかし又規約には組合員の署名がないのが普通であるから斯様な規約は訴訟信託を証する書面と云い得ないのではないかと云うことも考えられるが、書面に依つて証明すると云うことは畢竟当事者適格や訴訟代理権のあることを記録上明かにする為に外ならぬのであるから規約であることが認められるならば組合員の署名がなくても当事者適格を証明する書面として取扱つても差支えない訳であり結局は労働組合であると云うことが規約に依つて証明されるはその組合員に依る訴訟信託のあることが証明されることになる訳であるところが訴訟信託は個々の意思によつて行われるべきものであるから多数決によつては成立しないと云うことが云われるけれども労働組合の場合の訴訟信託は多数決によつて行われるのではなくて個々の組合員の信託意思が規約を通して認められると云うに過ぎないそして労働組合は前述の様に使用者に対して組合員の為に裁判外裁判上に於て組合員の利益を主張し要求することを主たる目的とするものであるとしながらその組合の組合員として止まると云うことは少くとも訴訟信託に関する限り反対の意思がないものと見て不都合はないであろうそれから未成年である組合員は自ら訴訟信託をすることが出来ないのではないかと云うことが一応考えられる民事訴訟法第四十五条に依れば未成年者の訴訟能力については同法に特別の規定のない場合には民法其の他の法令に従うとあり同法第四十九条は未成年者の訴訟能力について未成年者は法定代理人に依りてのみ訴訟行為を為すことを得但し未成年者が独立して法律行為を為すことを得る場合は此の限に在らずと規定して居るそして労働基準法第五十八条第五十九条に依れば未成年者は民法第八百二十三条の規定に拘らず法定代理人の許可なくして独立して労働契約を為し得るかどうかは聊か疑問であるけれども少くとも賃金については独立して之を請求し得ることは疑を容れないから賃金の請求と云うことが正確な意味では法律行為ではないとしてもそれについての訴訟行為従つて訴訟信託も法定代理人の許可がなくとも独立して為し得るものと云わなければならない兎もあれ多数の労働組合員が賃金等の支払を請求する場合には労働組合がそれ等の組合員の為に当事者として訴訟を遂行すると云うことは実際上便宜であり必要であることは否むべくもない民事訴訟法は実際上の便宜に依り人格のない社団に当事者適格を認め又共同の利益を有する多数者が訴訟をする場合にはその中の一人又は数人を当事者に選定し得ることを定めている程であるから民事訴訟法の領域に於ても必要は法であると云うことが或る程度云い得られるものと考えられる
仍て主文の通り決定する
(裁判官 吉川円平)